泥臭くいこう。

August 20, 2019

 

 

 暑い日が続きます。改修の仕事が入ったのですが、予算がとにかくないので、ないのであればええい!自分でやってしまえ!ということで、設計と施工をどっちもひとりでやっています。解体撤去→断熱材充填→気密シート貼り→天井野縁→壁下地工事が先日終わりました。現在はこの猛暑のなか、汗だくだくで壁ボードを突きつけで納めています。暑い。さて案件としては築40年弱の「貸家(平屋)」の再改修です。一度水回りだけ別の職人さんに総取っ替えしてもらったものの「若い人を入れたいから空間をなんとかしよう」ということになりました。いわゆる低所得者向けの戦後供給住宅といった感じでして、柱は転んでいるし、床は不陸で、湿気すごいし、暑いし寒いし、汚いし、古臭いし、こんな家に若い人はまず住み着きませんから、部屋の「環境」を少し変えましょうかというのがプロジェクトの起こりです。

 

 設計と施工を同時にやっていて気付かされたのは、図面がほとんど意味を成さないことでした。現場でイメージがどんどん変わるので、即興と勘で方針とディテールを変えています。一人でやっているからこそできるのですが、例えば、あえて前倒しで一部工程をフィニッシュまでやって、仕上がりをみながら発注や下地を微調整するということもしばしば。設計期間は設けましたが、3週間弱経った頃に一回ぶっ壊さなきゃわかんねえやと、結局やりながら設計しております。ご存知の通り建築家の前身は大工の棟梁から始まっており、昔は泥臭く砂埃まみれで汗水垂らしながら設計も施工もしていたことでしょう。もちろん私は大工になる気なんてさらさらありませんが、この姿勢は現代において盲点ではないかと勝手に考えます。とにもかくにも、経験次第で引く「線」の意味が変わってくる。「道具」が担う寸法上の規制、コーキングをできるだけ使わない性能確保とか、オープンジョイントの方法とか、また空間へのジャンプなど…まあいろいろ。話が変わりますが、先日、川崎にある「日本民家園」がどうしても竣工前に見たくて行ってきました。そこには移築された民家(重要文化財)が30棟ぐらいあり、全て屋内に入れます。とても素晴らしかった。スタッフの方の話では「金物を一切使っていないからこそ、移築して保存できたんです」と。もう言葉はいりませんね。あっぱれ

 

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